マチネタ

  • 105号:マチネタvol.47
  • 発行日:2023年7月31日

今回は栃木県佐野市の唐沢山城跡を紹介します。

唐沢山城跡

唐沢山城は、栃木県佐野市の標高242mの唐沢山に築かれた山城で、栃本城や根古屋城、牛ヶ城とも呼ばれていました。関東一の山城と称され、江戸時代の書物「管窺武鑑」では川越城や宇都宮城と並び、関東7名城に数えられています。

唐澤山神社の参道

本丸跡に建てられた唐澤山神社

平安時代に藤原秀郷が関東に下向した時に築いた城で、平将門による天慶の乱の際には、鎮圧軍の拠点として使われたと伝えられていますが、最近の研究では唐沢山城の起源は15世紀後半までしか遡らないという事が明らかにされています。この伝承については、唐沢山城主の佐野氏の先祖が藤原秀郷であったためと考えられています。

本丸付近の高石垣

見張り台として使われていた天狗岩への入口

戦国時代になると、越後の上杉氏と相模の後北条氏に挟まれる形となった佐野氏は、両勢力に対して従属、離反を繰り返しながら、巧みな舵取りで戦国時代を生き抜きました。永禄2年(1559)には後北条氏の3万を越える軍勢に囲まれるも、上杉謙信の援軍が来るまで持ちこたえました。その後は後北条氏側に寝返り、今度は上杉謙信に攻められますが、この時も上杉軍の猛攻を見事に跳ね返しました。
現在の唐沢山は栃木県立自然公園として整備され、藤原秀郷公を祀った唐澤山神社がある本丸を中心に、山全体に曲輪や堀などの遺構が広がっています。中でも本丸付近の高石垣や、くい違い虎口の石垣は圧巻です。

唐沢山城跡(からさわやまじょうあと)
住所:栃木県佐野市富士町1409


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